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コラムタイトル

街歩き(景観と色彩)

石州瓦と弁柄塗りで統一された街並

城郭と呼ぶにふさわしい西江邸

弁柄で栄えた街備中吹屋   ~岡山県高梁市成羽町~

column「色も色いろ第一話弁柄」で紹介した弁柄の街吹屋。訪れたのは早春3月、冷たい小雨に煙る日だった。街並の写真撮影には、小雨はむしろ有難い。行きかう観光者が少なく、晴天時の日向と影の強いコントラストに悩まされることもない。
この地は、元々銅山として栄え、江戸中期に、弁柄の製法が伝わると、銅山の副産物磁硫化鉄鋼(ローハの原石)から良質の弁柄が生産され、日本全土に販売されていった。鉱山経営で栄えた西江家、弁柄を日本全土に販売した広兼家の屋敷が今もその姿を留めるが、それは、邸というより、楼門や石垣で囲まれた城郭を思わす。武士にしか許されなかった楼門を持つ邸が、往時の繁栄・商人の力を示している。
戦後の技術革新により、弁柄が鉄の酸洗いの副産物から工場で大量生産されるようになると、吹屋の弁柄生産は歴史を終え、交通の便の悪さも手伝って、近代化からすっかり取り残された。それが幸いし、歴史的景観を今に残している。石州瓦と弁柄塗りの町家が軒を連ねる吹屋ふるさと村の弁柄色に統一された街並は美しい。
石州瓦は石見から瓦職人をこの地に呼び寄せ、焼いたと言われる。石州瓦は、いて(凍害)に強く、寒い地方では重宝された。釉薬には来待石(きまちいし)が用いられ、焼きあがると独特の赤瓦となる。これが、長い年月、風雨に晒されて、独特の味わいある色合いを醸し出している。板壁や桟には弁柄が施され、屋根瓦と統一感のある景観を形成している。二階部分の漆喰の塗籠壁とのコントラストも美しい。一般の古い街並と異なり、平入りと妻入りが混在しているのも面白い。
豪商たちの邸宅は豪奢な佇まいで、よく手入れされた吹きガラス越しに見る庭園がまた美しい。(pdfも是非ご覧ください)

弁柄で栄えた街備中吹屋.pdf

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色も色いろ

戦後アメリカに多く出荷されたティーカップ

青花(あおばな・露草)を描いた染付作品

色も色いろ 第70話 ジャパンブルー

"ジャパンブルー"というと何を思い浮かべますか?
藍染、それともヨーロッパの印象画家に強い影響を与えた安藤広重の「東海道五拾三次」や葛飾北斎の「富嶽三十六景」に代表される浮世絵に登場する空や水の青=ブルシャンブル―(ベロ藍)、はたまた染付陶磁器の呉須(酸化コバルト)でしょうか?
ネットで検索すると真っ先にヒットしたのが、"ジャパンブルージーンズ"。岡山県倉敷市児島地区発祥のブルージーンズがジャパンブルージーンズの名で海外に進出していると云う。ブルージーンズの染料がインジゴブルーという意味では、藍染の一種と見なすこともできるだろう。瀬戸内航路の要衝、児島地区は、嘗ては船の帆、帆布製造の地として栄え、厚地の織物加工を得意としたことからジーンズの街としてその伝統が付け継がれている。数年前に倉敷に云った折には、ジーンズ地のスーツや浴衣と云った製品開発など、新たな取り組みに感心したのを記憶している。
私の住む町瀬戸では、ジャパンブルーと云えば、染付である。つい先日まで、瀬戸の陶磁美術館で特別展も開かれていた。染付と云えば、白磁に呉須と呼ばれるコバルトブルー顔料で色付けされた陶磁器である。コバルトブルー顔料そのものの起源はペルシャであるが、中国の景徳鎮で、官窯(かんよう)が1000年前に開窯し良質のカオリンを原料とした白磁の絵付けとして用いられるようになると、青花(せいか)とよばれ、東は韓国を経て日本へ、西はシルクロードや海路を通じてヨーロッパへと広がっていった。清代に入り、景徳鎮が戦乱によって生産が停滞すると、日本の有田がとってかわり、ヨーロッパに「伊万里焼」として広がり、ジャパンブルーの名が定着した。戦後も土産物としてアメリカ等に出荷されていた名残を見る(左上の写真)。底に芸者ガールの透かしを施したあたりに商魂を見る。左下は瀬戸の染付工芸館で学ぶ若い作家の青花(あおばな・露草)を描いた作品である。

第70話 ジャパンブルー.pdf

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山歩(さんぽ)



霧氷越しに望む鎌ヶ岳

山歩№72厳冬の鎌ヶ岳独り  ~三重県三重郡菰野町~

20代の終わり頃、2月厳冬期に毎年のように鈴鹿山系鎌ヶ岳に足を運んだものだ。比較的積雪が少ないことや、登山口までのアクセスが冬季でも良いこと。下山路に武平峠から鈴鹿スカイラインを利用すれば、徒歩で安全に下れることなどがその理由だった。
三ツ口谷からほぼ直登するように頂上直下の稜線に至る最短ルートは、厳冬期には沢を覆う足跡一つない道、アイゼンの前歯を突き立てて…ちょっとスリルを味わえる凍った滝、稜線直下の急斜面では北西風に舞い上がった細かい雪片が太陽の光を浴びて耀く。頂上までは殆ど人に出会うこともなく、この大自然の美しさを独り占めできる。
それも、今は昔。冬季は雪には縁のない近隣の低山を徘徊し、時々古い写真を懐かしむだけである。左の写真は冬の御在所岳から鎌ヶ岳を撮ったもの。
2018年2月1日掲載(2003年12月24日撮影)

№72厳冬の鎌ヶ岳独り.pdf

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